一過性

山下達郎が「Melodies」というアルバムを出したのは83年の6月だ。
その前々作、前作が半端でなく売れたこと、そしてそれらの質自体が高かったことに加えて、Moon移籍の第一作であったこと、さらには盟友吉田美奈子と離れて作詞も初めて自ら手がけたことなどを含めて、創作にあたって作り手には相当なプレッシャーがあったと想像する。
 「For You」と比べると地味という前評判が発売前からあったのだが、あれより派手にするのは難しいだろ、そりゃ多少地味でも仕方あるまい、問題は質、良品をさらに重ねられたのか、そしてそれが商業的訴求力を伴うものとして仕上がったのか、などと考えて、難しい、不利とか勝手に妄想しつつLPに針を落とした(その頃は訴求力なんて言葉知らなかったと思うが)。
結果として、A面を聴いた時点でこりゃすごいかもという芯を食った手応えはあったのだが、B面を締めくくる「クリスマス・イブ」まで聴いたときにその手応えはさらに強固なものとして残った。かの曲が「地味だけど良品」というアルバムのトーンを締めくくるのに過不足ない名曲だったというのもあるが(今考えると十二分に派手なのかもしれないが、その前に聴いていたのが「Your Eys」とか「Loveland Island」でしたから)、梅雨の終りにクリスマスソングを聴くアンマッチさが、そのときはひどく心地よく、まるで余韻を増幅してくれているかのように思えたのだ。

シングルの場合はともかく、アルバムの場合は発売された時期が聴くべき旬でなければならないという縛りは別段ないと言っていいだろう。6月に出すアルバムにクリスマスソングを入れることへの特別な考えは、当時の作り手にはなかったかもしれない。ただ全くの季節はずれに彼がXマスのことを歌った曲を世に出したことは、カバー以外は全て自ら歌詞を手がけながら作品には「Melodies」と名付けたセンス、小さな迷いは払拭されないにしても心を決めてボールを蹴りこんだ意思の表われのようで強いシンパシーを覚えた。
この作品が結果的に前2作以上の評価と商業的成功を得たことは、彼にとって自らの作詞能力が世に受け容れられたこととニアリー・イコールだったのかもしれないが、そのせいか、やがて彼は堂々と、というか他の人がやらないからという義務感交じりに時代や世代感を歌詞に滲ませていくようになる。そして、そんな手法を自己肯定したかのように作品に「Artisan」と名付けたあたりで自分の彼への気持ちは緩やかに離れていった。
しかし夏の曲は夏に、冬の曲は冬に、といった具合にオンシーズンで聴かなくても、季節感というのはいかようにも喚起されるものなのだと、あの20歳の梅雨から夏にかけての日々以来、感じ続けているし、そんなことに象徴される幾つかの彼への感謝の気持ちは残る。