一過性
第47回朝日杯3歳S 「Grow old with him」

その頃のことはよく覚えているのに、その日のことは定かではない。
高校から帰って昼寝をして目が覚めたときに、夕刊で知った。
12月8日はジョン・レノンの命日である。
格別ビートルズや彼のことを好きだったわけではないが、やっぱり衝撃ではあった。
ジム・モリソン、ジャニス・ジョップリン、ジミヘン、ブライアン・ジョーンズ、マーク・ボランといった人達は、僕がロックを聴き始めたときにすでにこの世からいなくなっていたので、彼らの劇的な最後は皆活字等でなぞっただけだったが、ある意味この5人はそうなって当たり前みたいな生き方をしていた連中であり若くして死んだのは必然だったという感想を後に彼らの曲を聴いたときに抱いた。
しかしジョン・レノンは彼らに比べて、常識の世界にいる人に見えたので、あのような事件に巻き込まれてしまったのは、かえってインパクトも強かった。

あれから15年も経ってしまったのかと今更ながら思う。
その頃自分がホントにそんなことするのかいなと考えて不思議だったことの半分くらいを僕は経験してしまった。
だけど反面、何が変わったのか?

周囲の人から記憶力がいい方だと言われるのだけれど、自分ではそりゃ違うと気づいている。
例えば昼ごはんに何を食べたかなんていうことを、1日が終わっていない程度の間は大抵の人は覚えているはず。
それと似たような話なのだ。
記憶力がいいのではなく、ある時間のサイクルがまだ完結していないから、そのサイクル内の出来事はまだ忘れていないというような解釈が自分の場合、適当だと思う。
そしてそのサイクルが自分の場合結構長いのである。
本当は違うのだろうけれど、今でも18の頃から続いている時間の波の中にいるとたまに考えてしまう。
そしてそれがまだ終わっていない反面、もうすぐにでも終わるところには来ているという実感もある。

沢木耕太郎は、ある高名な作家の作品を評してかつてこう評したことがある。
(具体的な作家名と作品名を挙げるとそこに話が収束してしまいそうだから、名前は出さない)

「××が青春の書として息の長い生命力を持つ作品たりえることに成功した理由は明らかなように思える。主人公と同じ青春の渦中にある者のとってそれは、いまはありえないが、いつかありえるかもしれないものへの渇望と憧憬の対象として存在し、青春の渦中をすでに通り抜けた者にとっては、ありえたかもしれないが、ついにありえなかったものへの悔恨と哀惜の念を喚起させるものとして存在することになったからなのだ」

今はありえないがいつかありえるかもしれないもの。
ありえたかもしれないが、ついにありえなかったもの。
ここで沢木さんは、結局この何かを誰も手にすることができないというパラドクスの構造を表現していると思われる。

僕にとってフジキセキは、いつか出会いたいと願っていた理想の競争馬が、自分のあるサイクルの最終局面に現れたというような存在だった。
そして彼は結局ついにありえなかったものとして去っていってしまった。
競争馬などに自分のある時間を仮託することなど無理な話なんだよ、フジキセキがレースをあのまま続けていけたとしても、早晩彼が負けることで今の気持ちをお前さんは味わされることになっただろう、だから過剰な期待感やタラレバはやめることだと、僕は自分を納得させようとあれからずっと考えている気もする。

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サンデーサイレンスの仔を海外、特にアメリカで走らすことを社台グループはかなり真面目に考えているようだ。
ダンスパートナーはフランスだったが、確かに遠征したわけで成績云々はともかくとして、その事実は揺るぎのないものだ。

実際夏枯れ気味の新聞の記事の中でダンスパートナーの遠征記事は結構面白かった。
僕はダンスパートナーに対しては少しアンチ気味の態度を取ってきており、馬券面でも痛い目に遭わされてきた。しかし、オークスを見てこの馬が相当強いということは十分承知していた。
それだけにフランスマスコミがこの馬を全然評価しないことに、突然ナショナリストになって憤ってしまった。
だからノネット賞でマティアラのハナ差2着という結果はかなり嬉しかったし、同時にそこまで行ったらなぜもう少し・・・と思ったりもした。
そしてヴェルメイユ賞の結果には、負けすぎかなぁという感想とともに、やっぱりなぁという気もした。
このやっぱりなぁは日本の競馬を卑下したわけではなく、ダンスパートナーを好きになれなかった理由とも少し関連があるので、説明しておく。

社台ファームの配合の基本パターンはベストトゥベスト、いい繁殖牝馬にいい種牡馬をつけるということに尽きる。
変にニックスとかインブリードにこだわらないというのが特徴である。
かつてはなんでもノーザンテーストをつけてりゃいいみたいな感じだったので、その傾向がよく見えたが、今は種牡馬の質量が格段に充実したために、その傾向は見えにくくなっている。が、このパターンは依然踏襲されているといっていい。
例えばダイナアクトレスのような牝馬につけれる種牡馬となると、リアルシャダイ、トニービン、サンデーサイレンスということになる。メジロマックイーンやトウカイテイオーは当分アクトレスにつけられることはないと思う。もし彼ら内国産がアクトレスにつけられるとしたら、それは産駒が上記したような輸入種牡馬の産駒に負けないほどの成績を残した時だろう。
社台に買われた時点でマックやテイオーはそのポテンシャル自体は社台ブランドを損なわぬものと評価してもらったわけだが、扱い自体も一流の種牡馬として認めてもらうには(≒いい繁殖牝馬をあてがってもらうには)結果を残すしかないのである。その淘汰をくぐり抜けられなければミスターシービーやジャッジアンジェルーチのように社台から追い出されるだろう。

社台グループにいる「良血」の繁殖牝馬というのは2/3くらいが「ダイナ」××、「シャダイ」××という名の牝馬といって間違いない。
ダイナアクトレス、シャダイアイバー、ダイナカール、ダイナフェアリー、ダイナオレンジ、ダイナシュガー、ダイナマイン、ダイナチャイナ。
彼女らは80年代に競馬をしていた人ならばなんらかの形で記憶にとどめられているような馬達だ。その父親は大半がノーザンテースト。ノーザンテーストでなければエルセンタウロと言った具合でまさにこれらは社台血統的な牝馬である。
彼女らのほとんどにサンデーサイレンスがつけられたわけだが、生産者の見方からすればほとんどは成功だったと言っていい。けれどファンの目からみたら期待ほどの子供は出なかったという見解のほうが多いだろう。
この配合でできるアルマームードのインブリードは確かに能力アップに貢献しているのだが、それだけでは突き抜けられないわけだ。もう少し仕掛がないと。

社台ファームの残り1/3の繁殖牝馬は海外から輸入した馬達である。
フジキセキ、ジェニュイン、タヤスツヨシ、ダンスパートナーらはそうした牝馬とサンデーサイレンスの間から生まれた。
ここで買われてきた牝馬達はノーザンテースト牝馬軍団より血統的バラエティに富んでいる。そのために失敗した馬達もいるが、成功した馬に関してはノーザンテースト牝馬の産んだサンデー産駒よりも、一味違うタイプが産まれてきた。 その中でダンスパートナーの成功の理由について、血統評論家の笠 雄二郎さんは繁殖牝馬ダンシングキイに起因するとして、この母馬がネイティブダンサー5×5、メノウ5×6、ブルーラークスパー6×6というインブリードを持っていることを高く評価している。
噛み砕いて言うとダンシングキイは父系と母系のそれぞれ同じ様な世代にインブリードとなる馬が配されており、父系・母系が血統表の上で左右ほぼ相似に成っているというのだ。
こうした父系母系が相似な馬としてはマルゼンスキーが挙げられるのだが、1、2代だけ考えただけではできない非常に巧妙で時間がかかった配合ということはわかってもらえると思う。
サンデーサイレンス自体は米系のドミノに欧州系ハイペリオンとサンインローの衝突によってその能力を授かり、彼の長い末脚はサンインローに起因すると笠さんは推測しているのだが、このサンデーサイレンスとダンシングキイが配合されることで、ハイペリオン、ゲインズボロー、マームード、マンノウォー、ブルリー、ブルーラークスパーなどの夥しいインブリードが発生することになる。
サンデーサイレンス自体に欠けているのは2400m以上の距離になったときの持久力や重い馬場での底力と思われるが、ハイペリオン、マンノウォーらのインブリードはこれらを強化する。
さらにサンデーサイレンスが持たない血脈で底力を寄与する働きを持つと推測されているプリンスキロをダンシングキイは持っていたのである。

血統からの能力アプローチはかなり後付け的な面が強いと思うのだが、ダンスパートナーの能力説明は血統で納得がつくような話が多いと僕は思っている。
しかしそれはどこまで意図して行われた配合かといえば、多分社台側から見れば、ベストトゥベストの一環に過ぎないという部分もあるだろう。ダンシングキイクラスの牝馬は社台にはある程度いるわけだし、またサンデーサイレンスクラスの種牡馬も他にいる。概略の計算はあっても、それ以上のこだわりはないはずであり、そのための物足りなさがある。
例えばフジキセキとジェニュインが走った時に、この2頭の母系にはマッチェム系が入っているという指摘を「競馬ブック」の関西の新馬戦勝馬総評の血統評価をしている水野隆弘さんは行っている。
サラブレッドは、エクリプス系(ダーレーアラビアンに遡る血脈)、ヘロド系(バイアリータークに遡る血統)、マッチェム系(ゴドルフィンアラビアンに遡る血統)の3つから成るが、現在の競争馬の9割以上はエクリプス系(ダーレーアラビアンに遡る血統)の近親配合になってしまっているそうだ。
エクリプス系に異系であるヘロド系やマッチェム系がぶつかったときに、大物が生まれるということはかなり前から言われており、メジロアサマ-ティターン-マックイーンの3代やルドルフ・テイオー親子にこれらはあてはまる。
そしてフジキセキとジェニュインの母系にはマッチェム系が入っているのである。
上述した笠 雄二郎さんは、3/4は良血の系統配合、1/4は異系の活力を配合された馬は高い能力を授かる可能性が高いという理論を別の記事の中で説明しているが、ここでいう分子の4というのは、父父、父母、母父、母母の4本の血脈を意味している。
肝要なのはこの4本の血脈のどれか1本の5代くらいの中に異系の血脈を持つことである。これを体現しているのが、トウカイテイオーやフジキセキやジェニュインなわけである。
そしてダンスパートナーにはこうした異系の爆発という面がない。
一方でジェニュインにはハイペリオンのクロスやプリンスキロによる底力補充がない。
1/4異系の爆発、ハイペリオンのインブリード、プリンスキロ。
この基準は我々がサンデーサイレンス産駒から原石を探し出す一定の指針となり得るのではないだろうか。
フジキセキはこれに全て該当していた。

今年のサンデーサイレンス産駒3歳馬で社台グループが生産した馬の中で、こうした血統面で一番面白いと考えている馬。
それがバブルガムフェローである。
この馬は母父リファールと言う面が良血という部分を論じられる時にクローズアップされがちなのだが、キーは母母系部分にある。
母母父はプロミネール。リファール×プロミネールは、JCでマックイーンに先着したマジックナイトと似ている。(マジックナイトの母父はリファールの子Le Nain Jonneで、母母父がプロミネール)
この母の母系を辿っていくと5代目にヘロド系のトゥルピヨンが出てくる。
(トゥルピヨンの4代孫にパーソロンが出てくるが、シンボリルドルフは5代孫にあたるわけである)
この血脈は異系であると同時に底力を寄与する働きがある。
またリファールは母系にサンインローを持っており、サンデーサイレンスの持つハイペリオンとニックスの力を発揮できる。
ハイペリオン-サンインローはノーザンテースト牝馬とサンデーサイレンスを配合すればできるので、格別珍しくはないのだが、サンデーサイレンス、ノーザンテーストではエクリプス系同士の配合でとどまる。それゆえ異系が入っているサンデーサイレンス産駒には大きな期待をかけてみたくなる。
惜しむらくはプリンスキロがない点だが、その分ナスルーラがない分、相殺できるはず。
前評判が高かったサンデー産駒は何頭かいたが、自分が調べた限りでは、異系配合を持っているサンデーものはデビューした連中の中では非常に少ないはずだ。
(デビューしていない中ならば、ジェニュインの全妹、パーソロンを母父に持つサクラケイザンオーがいる。ただしこの2頭はハイペリオンの補充という面で欠ける点がある)
牝系のほうが自分の持っている資料では十分に調べられないので、まだ他にもこうした配合様式を持っているサンデー産駒はいると思うのだが、ここまで打った話は「本当に走るサンデー産駒探し」の参考くらいになれば幸いです。


エイシンガイモンは(外)にもかかわらず父シアトルダンサー(シアトルスルーの弟)で中距離に適した血脈を揃えている。
前走の瞬発力が高い評価の一旦になっているようだが、本来そんなに切れそうにない距離適性と血統。プリンスキロとトゥルピヨンを持っている反面、ナスルーラのクロスもあるのが効いているのか? プリンスキロとナスルーラ自体がもうニックスだし。
1600mをずっと使っている点など、照準はキッチリこのレースに向けられてきた感あり。
乗り込み量という面ではアメリカだけでなく、輸入後日高のトレーニングセンターで相当鍛えられていたようでこの中では随一だろう。
イシノサンデーに負けた白菊賞のような高速決着には敗れたのは完成度ではなくこの馬の本質的な中距離適性によるスピードへの対応能力欠如とみる。そこを前走の瞬発力の前に前提として抑えておきたい。
レース当日の馬場が速ければ売り、遅ければ買い。

スキーミュージックの坂路49.0秒はすごい数字だが、逆に短距離馬としての適性が突出しすぎている感あり。ネアルコのインブリードがきつすぎる点などで、中山の坂でどうかなという評価をしておく。1400あたりが一番いいというタイプではないだろうか。

タヤスダビンチはスキーミュージックといい勝負をここ2戦しているが、先行する脚を持っているのは中山では大きな強みでしょう。なかなか実力より人気しない構造にあるので、ヒモとしては抑えておきたい。新潟3歳Sを勝った時から平坦巧者と評されてきたが、前走の京成杯で多少メドはつけた。
札幌3歳Sの勝ち馬が想像以上に強かったように、新潟チャンピオンも内枠を引くようならば警戒。

ジェブラーズドリームは初戦でバブルガムに先着しており、その後京都3歳Sで入着、前走でマックスロゼの2着と現時点では各レース間比較の材料を提供してくれている馬だ。
今の所、京都3歳Sがここまでの3歳戦では一番面白いレースだったと思うが、そこで好走した馬が強いかどうかはまだつかみきれていない。2着のヤマニンメテオールは次走2着で、4着のギガトンはすぐ2勝目を挙げたがダントツの強い走りではなかったからだ。
この馬もマックスロゼを捕まえきれなかったわけで、そのマックスロゼはイブキパーシブに破れ、パーシブは3歳Sで完敗となると、わかるのは「牡<牝」という程度でしかない。う~ん。
父ジェブラーはアリダーの仔という程度のことしかわからないが、勝てなかった3戦は2、4、2着で1着馬との着差は合計しても1馬身差ない惜敗。これはこの系統特有の勝負弱さを出しているといってもいいかもしれない。
ただ早めに抜け出れば一気に突き放した勝ち方もありうるのではと思う。
イメージとしては弱いリンドシェーバーというところか。
赤松賞から朝日杯というローテは昨年コクトジュリアンがやっているのだが、10月から5戦目というローテは少々きつい。
3歳馬の馬体重などコロコロ変動するから増えていても減っていてもあまり気にするなというセオリーがあるが、(外)に関してはあまり変動がある馬は普通に蹴りの材料にしていいと思う。この馬も減っているようなら割引。

ゼネラリストはダンジグ系×ミスタープロスペクター系という今世界で一番速い血脈の組み合わせ。日本でもゴールデンジャックやタイキウルフがその片鱗を見せてくれた。
父親のデインヒルはJCのときも打ったが、これまた今世界で一番活躍する馬を出している若手種牡馬で、サンデーサイレンスのワールドレベルでの好敵手といっていいでしょう。
さらにコンキスタードールシェロはミスタープロスペクター系では距離をこなせる馬を出すということではミスワキと並ぶ馬で、この系統特有の底力のなさをある程度補える。
さらにリボーのクロスをこの馬はもっているので、レース経験の少なさは補えるはず。先週のゴールデンカラーズよりは持っている血脈自体はバランスがいいと思う。
横山典はあまり前に行く気はないだろうから、中盤からの競馬をしてくると思うが、坂をどこまでこなせるかだ。昨年のレースのスキーキャプテン的な役をするのは、エイシンガイモンやスキーミュージックではなくこの馬だとにらむ。

ギガトンは最初からなんとなく気になる名前なのだが、勝負服を見てプライムステージと同じ横山オーナーの馬だと気がついた。
アスワンはこれだけのオーナーがその産駒に手を出したくなるような種牡馬では既になくなりかけているが、多分もう元をとるくらいには走ってくれたはずだ。
母系にシンボリルドルフ、ファーストランディングと、なかなか味わいがある。
少なくともノーザンテースト牝馬にルドルフなんていうのよりは、ルドルフ牝馬にアスワンというほうがひねりが効いてる。
ただこの配合だと東京や京都のほうが向くだろう。

本来有力と思われた馬がかなり回避したが、体調面での回避馬はともかく、長期ローテーション的なものをにらんで回避した馬が今回はかなりいたように思う。
結局のところ、フジキセキとスキーキャプテンは朝日杯の時点で対戦したことがかなり大きな負荷となって、後に影響があった。
どこで最終的に勝つかという命題を考えたときに3歳G1の位置づけというのは、クラシックを狙う馬にとってもはや無理に狙うべき対象ではない。
朝日杯で内国産馬が勝つと、ダービーにリーチをかけたようなものという見方が定着してしまったが、逆にそうしたローテで朝日杯・ダービーを穫った馬はそこで大体終わってしまい、古馬としては大成できていない。
その意味で3歳重賞で今後価値が出てきそうなのはラジオたんぱ3歳Sのほうだろう。坂のあるコースで2000mというレースは大きな能力検定になる。昨年あたりが、朝日杯とラジオたんぱSの価値逆転のターニングポイントだったのではないか。

そのあたりを踏まえて、府中3歳に勝てたら、共同通信杯-若葉Sから皐月かなとバブルガムフェローのローテを想像していた。
だから前走勝利後、すぐに朝日杯に行くと調教師が宣言したのは意外だった。
普通の馬ならば別に意外ではないが、藤澤師が厩舎の有力馬を1シーズン4戦、しかも最後はG1を使うというのはかなり冒険だ。ましてやこの時点では(外)でさらに強力と思われるメンバーが揃うことも予想できたので、この挑戦はかなり危険な賭に思えた。
古馬G1を穫るには究極仕上げとレースで実力以上のものを出すという2つが必須だと最近改めて思っているが、春のクラシックを勝つにはさらに馬を壊すくらいの覚悟がいる。
馬優先主義の調教師と騎手がそれでもあえてここに出してきたことや、ラッパ吹きの境勝師をしてサクラスピードオーを回避させたりという要素がここでのバブルガムフェローの人気の正体であろう。
この馬自体がどういう個性を持つのかは馬券ファンにはあまり問題ではない。
そして思い入れ派にもこの馬に物語がうまくからみつくかどうかはわからない。
実際のレースでまだ万人をうならせるような競馬をこの馬はできていない。
スピードやキレ不足、デビュー戦で競り負けた勝負根性、また前走をパドックで見たが右の脚の送りが左に比べて出てこない点は右が軸脚になる中山でどうかといった不安材料がある。
例年通り1分34秒台で決着するような流れになったときに対応しきれるのかとなると、現状の実績ではかなり期待可能性の領域での話に頼らざろう得なくなり、実際にタイム勝負をしている関西勢のほうに分があると思う。
後は中山の坂を関西勢が克服する可能性と、バブルガムのスピード潜在能力とのどちらをとるかである。
ここはどんな相手が来てもなんとかしそうだったフジキセキとは違い、相手関係と相談しながら取捨を考えたほうが馬券上は正解だろうし、単純な読みで行けば、ここは藤澤・岡部コンビのやる気よりも、気負いのほうを重視したほうがうまくいくのではないだろうか。

デビュー戦でこの馬が負けたとき、スローでも前へ行ききれなかった点、善臣と勝春に追い負けた点、そして彼らしくなく最後にデビュー戦ではあるまじき速い上がりの脚を使わせてしまった点で、岡部は3つの失策をしている。
岡部に残された時間は少ないことが、そうした要素の中に少しずつ見てとれてきた。
最後の仕上げをしようとする騎手と今から始まる馬の交錯する場面というのをこれから僕は見ていくことになる。
岡部が教師で馬が生徒という図式はなかなか崩せないが、そのことを考えると一つの短編小説のことを思い出す。
新調文庫のトルーマン・カポーティ「ティファニーで朝食を」の最後に「クリスマスの思い出」という話がある。
これはある貧しい老人と幼い子供のクリスマスのシーンを淡々と描く短編である。
話の中で老人と子供は対等の関係で、とてつもなく些細なことで喜び合い幸せなクリスマスを送る。
最後の場面で時間は流れ、大人になった少年がそのクリスマスのことを思い出して話は終わる。

対等の存在としてやっていけるような馬と岡部は出会ってもらいたいという話を何回かしてきた。
ジェニュイン、タイキブリザードらは当然その候補であり、実際岡部は彼らに対して数年前に、そうしたパートナー候補と出会った時に比べてずいぶんと優しいコメントを出しているように思う。
またエアダブリンはあえて岡部に逆らうような形で走ることに個性があると僕は見ていたのだが、それが宝塚記念で岡部がブリザードを選んだ理由というと勘ぐりすぎだろうか。
彼らはまだなかなか岡部とフィフティフィフティの関係になりえていないのだが、そのためには一つクリアしなければいけない部分がある。
これは何かというと、ルドルフのダービーの中で彼が経験したようなことと関係してくる。
向こう正面で思った位置取りができなかった岡部が馬を動かそうとしたが、ルドルフは動かずに、引きつけに引きつけたところから馬はようやくスパートした。
そのことを指して岡部はルドルフには競馬を教えられたと言ったのだろう。
窮地に追い込まれて岡部の腕ではどうにもならない場面で、能力を発揮して勝ってみせること。
これをG1でできた馬こそが岡部が最後に下駄を預ける馬なんじゃなかろうか。

本命は関西(外)勢につける。
さしあたってバブルガムフェローはどこまでやれる馬かを見せてもらう。
この3戦、岡部はこの馬にまだ一度もムチを入れていない。

◎ゼネラリスト  ○エイシンガイモン  ▲バブルガムフェロー
注タヤスダビンチ △ジェブラズドリーム △スキーミュージック

確率とすれば、岡部は二度とそうした馬に出会えずに終わっていく公算のほうが高いだろう。
彼には既に至福の体験とそれがハッピーエンドで終わらなかったという他の騎手が味わいようもない過去がある。
そのコントラストは鮮やかでそれ以上の経験を望むことは贅沢だ。
けれど、その物語の別の結末を探すことが岡部のモチベーションになっているのも確か。86年の3月でその時間の波が終わったわけではないのだと思う。

ジョン・レノンは”glow old with me”と晩年に歌ったが、岡部にここでそう言わせる位走ってしまうことは競走馬生活の上で諸刃の刃か、バブルガムフェロー。◆


ダービースクエア Column by 日没閉門 より勝手に転載。